「小児科つれづれ草」最終回

『母の友』(福音館書店)で挿絵を連載させていただいていた「小児科つれづれ草」。

現在発売の3月号で最終回となりました。

8年間の連載でした。自分自身も勉強となった年月でした。

著者の山田真先生は1978年から30年以上にわたって『母の友』に関わられていて、その最後の8年間に挿絵として関わらせていただいたことを光栄に思います。

先生は小児科医であり「障害児を普通学校へ」という連絡会の世話人もされています。

連載当初は子どものさまざまな病気について書かれていましたが、2011年の震災、そして原発事故以降は、子どもの低線量被ばくについて多くのことを書かれてきました。

原発事故の三ヶ月後から福島に通いつづけ「子どもたちを放射能から守る全国小児科ネットワーク」を立ち上げられました。

原発事故があり、東京にも放射性物質が降ったあの日。ぼくは本当に無知でした。

僕はリベラルではないし保守でもない。特別政治思想はないし政治運動も興味はない。ただ、いてもたってもいられなかった。

何か自分に出来ることはないだろうか。おこがましい考えだしぼくに出来ることなどないけど、出来ることがあるとすればと思い、バッジを作りました。おもいがけず買ってくれる方がいらして、中には50個まとめて注文くださる方もいました。その大事なお金は、被災地への物資支援と、線量が高い地域のボランティアに送らせてもらった。

「絵を描いてそんなことするなんて自己表現じゃないか」と、人に言われたことがあった。それは悔しいことだったけれど、自己満足でやってることだからと思った。「やらない善よりやる偽善」という言葉があったけど。

「調査で数値が安全値なのは証明されている。なにがそんなに心配なのか」という考えの方もたくさんいる。面と向かって聞かれたこともあった。それに対してもぼくはわからない。

しかし、原発は収束していないし、仮設住宅で大変な思いをされている方がたくさんいる。 

今、特にネットでは、白黒はっきり答えを求める傾向があるように思う。

山田先生は「医療では、分かっていないこと、グレーなこともたくさんあるということもある。ワクチンや薬の副作用にしても、低線量の放射能の影響にしても、因果関係はなかなか証明できない。そして、医学的に分からないことがあるからこそ、治療に選択肢があるべきと思っています。」とおっしゃっている。ぼくは素人だけれど、その言葉に共感する。 

連載の挿絵にあたっては、編集の方がぼくの好きに挿絵を描かせてくださいました。病気については専門用語やハードな内容もあったため「見る人がほっと感じてもらえるような、四季にあわせた親子の様子にしましょう」というのが、編集の方と決めたことでした。大変お世話になりました。また、読者の方から手紙をいただいたのもうれしい経験でした。

ありがとうございました。